オーメン

Gospel in Movies

Omen

オーメン(The Omen)」は「エクソシスト」とならび「アンチ・キリスト(反キリスト教)」といわれていますが、まずこの「アンチ・キリスト」というのを、考えてみましょう。巨人が負けることに喜びを見出す「アンチ・巨人ファン」も「巨人ファン」だと言われることがよくあると思いますが、「アンチ・キリスト」もそれに近いものがあります。

「反キリスト教」と聞くと神の存在そのものを否定しているようにとらえがちですが、それは全く違います。むしろキリスト教を肯定して、「悪魔」の存在の拠り所にしています。

それでは悪魔について考えて見ましょう。皆さんは、「悪魔「と聞くとどのようなイメージを持たれているでしょう?少し可愛いですが「アンパンマン」に登場する「バイキンマン」あるいは「ドラキュラ伯爵」、さらに「黄金バット(もちろん正義の味方ですが・・・)」、「妖怪」等などの姿を想像されるでしょう。またヒットラーのような独裁者の行為はまさしく悪魔の所業でしょう。

聖書の中では悪魔的な行動をした者は数多く登場しますが、意外なことにその者をさして悪魔と呼んでいる箇所はありません。例えば、イスラエルの人々を苦しめたバビロンの王「ネブカドネツアル」、イエスが生まれたときに二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた「ヘロデ王」等は悪魔の行動ですが彼らを悪魔とは呼んでいません。「悪魔」とはもともと「中傷する者」の意味で人間を誘惑して神に反逆させる者をいいます。ですから自らが表舞台に登場することはなく、人に働きかけて悪事を行なわさせるのです。

サタンとも呼ばれる悪魔は、旧約の時代では、神に近い存在だと考えられていたようです。旧約聖書の「ヨブ記」にはこんな形で登場します。

ヨブ記:1章6節~12節
ある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来た。
主はサタンに言われた。「お前はどこから来た。」「地上を巡回しておりました。ほうぼうを歩きまわっていました」とサタンは答えた。
主はサタンに言われた。「お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。」
サタンは答えた。「ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか。
あなたは彼とその一族、全財産を守っておられるではありませんか。彼の手の業をすべて祝福なさいます。お陰で、彼の家畜はその地に溢れるほどです。
ひとつこの辺で、御手を伸ばして彼の財産に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません。」
主はサタンに言われた。「それでは、彼のものを一切、お前のいいようにしてみるがよ い。ただし彼には、手を出すな。」サタンは主のもとから出て行った。

いわば主(神)と悪魔の「賭け」により「ヨブ」は全財産、家族を奪われてしまいます。ヨブ記についてはここではこれ以上触れませんが、イエスの12弟子の中に裏切りもののユダがいたようにこのように「悪魔」は天使の中の1人と考えられていたようです。新約でも

ペトロの手紙二:2章4節
2:4 神は、罪を犯した天使たちを容赦せず、暗闇という縄で縛って地獄に引き渡し、裁きのために閉じ込められました。

とありますので天使にも悪を行なうものがいることを示しています。

現在の悪魔のイメージに近い形で聖書に登場するのは、有名な箇所ですが

マタイによる福音書4章1節:4:1
さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。
そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。
すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」
イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』/と書いてある。」

です。

さて、「オーメン」、また「エクソシスト」はこの聖書に記述されている悪魔自らが人間の世界に現れる話です。特に「オーメン」は新約聖書の「ヨハネの黙示録」を下敷きにしています。この映画が大ヒットしたことにより、多くの人が聖書に興味を持つようになり教会でも好意的にとらえたところが多かったようです。一作目のプロデューサーは教会から表彰されたそうです。3作まで作られましたが、2作目では主人公のダミアンが自分の存在を確認するために聖書を読みます。映画ではその箇所は次の通りです。

————————————–

人々は恐れ その獣に
権威を与えた竜を拝む

また獣を拝み
これに敵う者なし と言う

なお見ると

獣と地の王らの軍は
騎馬の軍勢に戦いを臨んだ

彼は奸計をめぐらし
やがて自らの心に
おごり高ぶり

多くの人を滅ぼし
君のきみたる者に敵対す

また小の者 大の者
富者貧者を問わず

右手が額に
刻印を押さしめる

獣の名であり数字である刻印
なき者は売買もできず

知恵あり
思慮ある者 獣の数字を解け

数字は人間にあり
その数字は666なり

————————————–

この出典は「ヨハネの黙示録」13章ということになっていますが、「新共同訳、口語訳」等の記述といくらか異なっています。「文語訳」かとも思ったのですがどうも違うようなのです。映画的に加工したものかもしれませんが最後の666の記述はあっています。

ヨハネの黙示録:13章18節
ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。

いずれしろ、ダミアンはこの最後の節を読んだあと、自分の髪の毛の中から頭にある666を見つけ 、自分が悪魔だということを知ります。

映画ではこのように悪魔の印として666が使われましたが、 聖書を読まれれば分かるように印として666 と言っているのではありません。聖書は旧約はヘブライ語、新約はギリシャ語で書かれているのですが、これらの言葉にはもともと特別な数字はなく数字もまた文字で表されていました。従って数を表した文字から、言葉を導くことが出来、有力な説は、暴君「ネロ皇帝」だそうです。またこの「666」はイギリスのメタルバンド「アイアンメイデン」の「魔力の刻印」の中にも登場します。

オーメン」は特に「ヨハネの黙示録」からの引用が多いのですが、それ以外の聖書の箇所からの引用も多くあります。40年近くも前の作品になってしまいましたが、「グレゴリー・ペック」が主演したりしていてオカルトムービーの枠をはるかに超えた格調高いものです。未見ですが、2006年6月6日に公開されたリメーク版もあります。ぜひ又DVD などで再度ご覧ください。その際、聖書を開いておくとよいかもしれません。


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