ショーシャンクの空に

Gospel in Movies

The Shawshank Redemption

文句なしの感動作。ただ、公開された1994年は「フォレスト・ガンプ」が公開された年でもありアカデミー賞にノミネートされるものの殆どの賞はその「フォレスト・ガンプ」にかっさられてしまうという不運、さらに全編の舞台が刑務所の中。暗い、女性は全く登場しないという地味な設定のため興業的には成功したとはいえませんでした。

しかし、その後ビデオ化されてから口コミで評判が伝わり今では最高の映画だと評する人も多いと思います。私のなかでも必ずベスト5には入るでしょう。最初にみたときも泣けましたが、何回みてもラストのシーンでは人に自分の顔を見られたくないですね。

ストーリーその他はサイトが沢山あるのでそれらをご覧戴くとして”Gospel in Movies“の視点でとらえてみましょう。

まず、「ショーシャンクの空に」の原題は?こう聞かれたときに即答できる人は少ないと思いますが正解は“The Shawshank Redemption” “Shawshank” は分かるとして次の“Redemption”は何でしょう。これは日常会話ではほとんどど使われないと思います。金融関係の仕事をされている方ならご存知かもしれません。金融用語として使われる場合は「償還」の意で、債権などが期日に払い戻しされることを言います。“The Shawshank Redemption”の“Redemption”はもちろんこの意味で使われているのではなく、キリスト用語しての「贖(あがな)い、贖罪(しょくざい)」を表しています。

それでは、この「贖罪」を簡単に説明しましょう・・・と書こうと思いましたが、これを説明するのが容易ではなさそうです。。まじめに追求するとこれだけでもキリスト教の研究テーマにもなってしまいますので、聖書から代表的な箇所を引用します。

ヘブライ人への手紙9章12説:
雄山羊と若い雄牛の血によらないで、御自身の血によって、ただ一度聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです。

要は、昔(イエスが生まれる以前、旧約の時代)は私たちの罪の代価として生贄の動物を捧げて贖っていたが、イエスが自分を十字架にかけたことにより人類すべての罪が永遠に赦されたということです。

さて、映画のタイトルに戻ると「ショーシャンクの贖い」となぜ原作者である「スティーヴン・キング」はつけたのでしょう。私が考えるのには2つあります。

1つは無実の罪で投獄されて、冷酷な所長や看守達に暴力を受けながらも「希望」を持ち続けていれば、必ず神が救いの手をさしのべてくれるということ。服役が十字架であり所長が隠匿した「退職金」を手に脱出することが復活を表します。

もう1つは、これはかなり独断ですが、無実の罪により服役したアンディにより、ショーシャンクの刑務所の囚人達が問題の所長や看守から解放されたことです。アンディがイエス。囚人達が我々人類の象徴になります。解放の恩恵に与った囚人の代表がレッドですね。

日本語のタイトルを「空に」としたのは、屋根のタール塗りのときにうまく看守にとりいって、仲間達にビールをおごらせて満足して眺めたときの空か、あるいはジワタネホのブルースカイでしょうか。悪くはないのですが、作者がタイトルに込めた意図は消されてしまいます。

「スティーヴン・キング」原作では後に作られた「グリーン・マイル」も贖いがテーマになっています。彼にとっては追求したいテーマなのでしょう。でも「贖い」は日本人には受け入れ難いでしょうから、「空に」としたのはいたし方ないかもしれません。

タイトルだけからもこの映画がキリスト教に根ざしていることがお分かり戴けたと思います。次に、この映画のキーポイントの聖書が登場する場面をみてみましょう。

最初の方の場面で「私は規律(dissaplin)と聖書(Bible)を信じていると新入りの囚人に言い渡した所長が抜き打ち検査の時にアンディと交わした聖書についてのやり取りです。所長がアンディに「好きな聖書の箇所は」と聞いたときアンディが答えたのは

マルコ13章35節:
だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏 の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。

この言葉は結果的に脱出の伏線になっています。

一方所長が好きだと言ったのは

ヨハネ 8章12節:
イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。

私腹を肥やす所長がよりどころにしているのがわかります。正しい考えとはもちろん思いませんが、「何をしても(悪事であっても)イエスを信じるものは救われる」と自分を正当化しているのでしょうか。アメリカのギャングのボスなんかにこの手の人種がよくでてきます。いくら悪事を働いても死ぬときは天国に行きたいのでしょう。

また、所長が大事にしていた隠し金庫を隠す為に使っていたボードには

His judgement cometh and that right soon.
(主の裁きは下る いづれ間もなく)

と書かれていました。アンディが脱走したときに真っ先に所長の目に飛び込んだのがこの言葉でした。出典は、

ヨハネの黙示録22章12節:
見よ、わたしはすぐに来る。わたしは、報いを携えて来て、それぞれの行いに応じて報いる。

ショーシャンクの空に」は、ひょっとするとバチカン推薦映画になるかもしれません。

それにしてもティム・ロビンス (アンディ)、モーガン・フリーマン (レッド)の演技は「素晴らしい」の一言です。

※文中にある「マルコ13章35節」は正確には、「マルコによる福音書」13章15節です。同様に「ヨハネ8章12節」は「ヨハネによる福音書」8章12節のことです。さらに「マルコによる福音書」とは—-「聖書」は66巻の書物が合わさって「聖書」なのですが、その中の1巻です。


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