もうすでに3年が経過するが2009年の東京ドームのサイモンとガーファンクルのコンサートをみた。直前にガーファンクルが麻薬所持で捕まったというニュースが流れたので公演が行われるかどうかもよくわからなかったし、(誤報だったかもしれない)その当時にみた何かの映像でのガーファンクルは全く声が出ていなかった。そんなことがありパフォーマンスに関してはほとんど期待していなかったのだが、全く裏切られた。二人ともよく声がでていたし、ハーモニーも素晴らしかった。今も個々で活動はしているのだろうが、S&Gとしてのパフォーマンスはみることができるかどうか・・・・。
さて、彼らの代表曲 「明日に架ける橋」だ。よく知られるようにポールがこの曲を書いたとき、最初アーティーは自分では歌いたくないといってポール自身が歌ったらどうかと勧めていた。結局アーティが歌うことになったのだが、ポールは後に非常に悔やむことになる。コンサートでアーティが歌うときは聴衆はいつも一番の大歓声。ポールはアーティーが歌っている間「ありがとう、みなさんこれは僕が書いた曲なんだ」と自分に言い聞かせなくてはならなくなってしまった。このことが二人を解散させるきっかけの一つだとも言われている。解散後、セントラルパークで一時的に再結成コンサートをおこなったがそのときにもこの曲が歌われた。しかし、ポールにはまだこだわりがあったようで、アーティが歌っているときポールは全く出てこない。ギターも弾いてない。
このようにサイモンとガーファンクルにとって曲の内容とは裏腹に二人を別れさせる原因の一つとなってしまった曲であるが、皮肉にも彼らのヒット曲の中でも最大のヒットとなる。「Bridge Over Troubled Water」はアルバム発売と同時にシングルカットされ1970年2月28日から6週連続No.1となった。さらにアルバムの方は全米アルバムチャート1位を10週に渡って独走し、イギリスでは何と7ヶ月もの間1位にいて1100万枚ものセールスを記録する大ヒットアルバムとなった。その年に計6個のグラミー賞も獲得している。ビートルズでさえ同時期に発売した「レット・イット・ビー」が「明日に架ける橋」におされて3/11に初登場6位という華々しいデビューを飾ったにも関わらず4/11まで1位になれなかった程である。ついでに述べると「明日に架ける橋」と「レット・イット・ビー」は当時からよく比較された。発売時期もほぼ同じでゴスペルライクな曲調、ピアノの伴奏から始まりエンディングにかけては重厚で分厚いサウンドで終わるというように似たところがある。日本でも当時26万枚を売り上げる大ヒットとなった。「明日に架ける橋」は「明日なき暴走」「明日に向かって撃て」「明日なき世界」など「明日」が流行った流れでつけたタイトルなのだろうが本当に秀逸である。当コラムでも「サインはピース」の曲紹介でも述べたが原題のままでもヒットしただろうが「Bridge Over Troubled Water」では今頃は忘れられているかもしれない。
「Bridge Over Troubled Waters 」(S&Gの曲ではWaterとなっていてsがついていない。)というフレーズは実はポールの発案ではない。1940年代から50年代にかけて活躍した黒人のゴスペルグループ「THE SWAN SILVERTONES」のヒット曲「Oh Mary Don’t You Weep」のなかで、当時メンバーだった世界最高のファルセットテナーとしてポールが尊敬するジター牧師が歌った「I’ll be a bridge over deep water if you trust my name」にヒントを得ている。さらにこの曲はよくキャロルキングの「君の友だち」と同様友情を表していると思われがちだが、”I” を(God) Jesusとした方がピッタリとくる。困難に直面した時に真の慰めを与えてくださるのはイエスだけであるからである。直接「Bridge Over Troubled Water」というフレーズは聖書にないがいたるところで神が私たちの苦難にたいして慰めてくださることが書かれている。たとえば、コリントの信徒への手紙一の14章1節に
神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。
とある。「Bridge Over Troubled Water」はこの通りまぎれもなく神への賛美である。2001年の同時テロのあと”Sail on Silver girl, sail on by”以降の歌詞が問題になり放送自粛となったにも関わらず「トリビュート トゥー ヒーローズ」でもポール・サイモンはこの曲を歌い犠牲者にささげている。
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